Seen2 鉄拳
屋台を巻き込んでの破壊劇。
やや遠くで見守る野次馬たちに混じる銀髪の女がいた。
背が高く整った顔立ち、いかにも気の強そうな瞳。人型をとる妖狐、イチハである。
ザンとはナンパされた仲であった。もちろん男女の感情などはなく友人レベル、との談。
たまたま食料を買い付けにきたところ騒動を目にし、少し覗いてみたようだ。
ちょうど戦闘が終わりフレグランスが駆け去った直後。
屋台も野次馬も蹴散らされ、イチハの位置から中心まで道が開いていた。
視線の先に見覚えのあるシルエット。
「あら何やってるのかしら」
そう呟くとイチハは恐れる気配もなくザンに近づく。
「お、おいあんた、まだあぶねぇかもしれねぇって」
野次馬のいかにも好色そうなオヤジが注意するが、構わず歩み寄る。
男は鎧をまというつぶせに倒れていた。背中にはくっきりと蹄の跡。
あちこちに掠り傷はあるが、特に酷い傷もないようだ。
「ちょっと、しっかりしなさい」
苦もなくザンをひっくり返すと、頬をぺちぺち叩きはじめた。顔は真っ青だ。
「う、うぅ…」
男がぶよぶよとしたお腹を振るわせる。吐く息からは馬肉の臭いがした。
―――まだ、マナは残っている。
イチハがなおも頬を叩くと、やがて男の瞼は開き。
「う、ウゥ………ウガァァァァッ!!」
視界に浮かび上がった美女の顔。男は本能のままに起き上がり、押し倒そうとした。
その、刹那。
どべしぃぃぃぃっっ
派手な音と共に、ザンの顔面にイチハの拳がめりこむ。グーパンチだ!
「あらあら、おいたは駄目よ」
「むぎゅぅ」
暴れ馬にも怯む事のなかった男は一撃で再び沈む。男の身体からうっすらと紫の煙が昇り、すぐに消えた。
イチハは慣れた様子でザンの手をとり、そのまま関節を極める。折る手前、といったところだ。
「お、おい、見たか今の」「すっげぇパンチだ」
「関節も綺麗に極めてるぞ」「ありゃただもんじゃねぇ」
「あ、あぶねぇ、手だしてたら俺もやばかったぜ」
ざわつく野次馬どもをよそに、冷静に見守るイチハ。
そのうちにザンの顔色はいつもの血色を取り戻し。
もう一度目を開くと、割合近いイチハの顔をまじまじと見つめた。
「お、おお?イチハちゃんじゃないかよ、なんだここ天国か?……って、い、いてててててて!」
「……大丈夫そうね」
いつも通りだらしない顔にあせった反応。それを確認しイチハは腕を放す。
ザンは涙目ながら起き上がり、肘をさすっている。
「いち、いちちち、ど、どうなってんだ?」
それを聞きたいのは、とイチハが口を開きかけたところで周囲がさらに騒がしくなる。
どうやら治安のため警備だか部隊だかが到着したようだ。
「ともかく、逃げないと不味いわよ」
「そ、そうみてえだな」
男も周囲の状況を見て危険を感じ取ったようである。
すぐに立ち上がると、新たなざわめきと反対側へ走り出した。
その後をイチハが悠々と追いかける。
二人はそのまま跡から姿を消し、ざわめきだけが残された。
独りでうなずく屋台のオヤジが二人の消えた先を見据えていて―――
(Eno1遊和さんのサブ、イチハさんをSeen4までお借りしました)